人ならぬ人。
闇の眷属。
いつしか誰かが、噂混じりにひっそりと呼び始めた。




――――ヴァンパイア、肉を食み血を啜る、人を糧とする異形の化け物、と。














顔色をころころと変えるのが得意な、普段は清々しいくらいの蒼を湛えた空が最
も闇を色濃く映し出す時の頃。
静謐を中心とした室内には、ビスクドールを彷彿させるおおよそ人間とはかけ離
れた容姿を持つ少年が一人。



一見少女とも見違うほどの華奢な体になめらかな白い肌。
ガラス玉のような紅玉の瞳からは感情なんてモノは覗けず、かすかに上下する胸
部が唯一少年を『生けるもの』と判断できる。



豪奢な長机の上にはしたなくも自らの足を置き、これまた長机に勝るとも劣らな
い装飾の柔らかそうな椅子に深く腰を沈ませている。飲まれるのをしたたかに待
つ飲み物が入った銀のコップの表面にちらちらと炎の写像が映し出される様子を
、少年はいささか不機嫌そうに眺めていた。



暖炉で明々と燃える炎の固まりが思い出したようにぱちぱちと爆ぜる。



その音だけが、自分の存在する世界を示してくれる微かな道しるべ。






「遅くなった」
蝶番が重く軋み、突然の声。
待ち焦がれていたはずの『家族』の帰宅に対してシンは銀のコップから視線を外
し、開かれたドアの辺りに佇む青年に静かに目を遣った。



「おかえり、レイ。…アスランさん達は?」
「まだ街に居るそうだ」
白いシャツに赤い染みを付け、顔に付着した赤い液体を煩わしそうに拭いながら
、レイと呼ばれた金髪の少年はシンに歩み寄る。




「何度言ったら解るんだ。机に足を乗っけるなといつも言ってるだろ」
シンの机に対する冷ややかな対応に、レイは眉を顰めた。
バツが悪そうにしぶしぶと行儀よく座り直すシンの頭をくしゃりと撫でる。
まったく子供じゃないんだから、そう深い深いため息を吐き、レイは呆れたよう
にまた一つ息を吐いた。








「…人間臭い」
椅子に座ったまま、隣に立つレイのシャツに顔を埋めたシンが不愉快そうに呟く



「仕方ないだろ。お前のためだ、我慢しろシン」
さして気にもしない様子でレイはシャツの袖を捲り上げた。
表わになる青白い腕をシンに差しだす。
迷いもなくシンはその腕に齧りついた。
吸い出された血が喉を潤し、体内に同化する。



「もういいのか?」
「うん。ありがと、レイ」
レイの腕から鋭利な犬歯を引き抜き、シンは等間隔で並ぶ傷口を舐め上げた。
レイの腕は何事もなかったかのように傷が消失する。


悪魔の種族。
闇の眷属。
人々に恐れられ、蔑まれ。
挙げ句の果てにはヴァンパイアを根絶やしにしよう等という狂信的な集団が人間
達の間で立ち上がったのは随分むかしのことだ。


シンは家族すべてを殺され、レイも家族を人間の手によって亡くした。

この館に住む『仲間』は、すべて同じような生い立ちをもった者の集まりだ。



次々と伸びる追っ手を掻い潜り、街から街を移動しながら命からがら辿り着いた
のはこういった人里離れた山奥で。
生命の危険もなく、静かに根を下ろし息づいていた。


それでもやはり、生き血を糧とする体は長らくは保たず、新月の夜は必ず街へ一
度下り、人間の血を吸うようになった。
目立たぬように。ひっそりと。



幼少の頃のトラウマか、決して街に下りようとはしないシンの面倒をみる役割は
、それぞれ交代制。
だがほとんどはレイがその役割を買ってでた。
同種族の血を訳与えることで、シンは生き長らえることができた。
今まで特定の者と、さして親しく接してこなかった自分にとっては極めて新鮮の
こと。



同族だから?
家族を殺された彼を哀れんで?
だからここまでするのか?


違う。
そんなものではない。
もっと別の…。
別の?
そう。
そうか。
シン、俺はお前が…







「ありがとう…いつも助けてくれて」
小さく、ただ小さく、シンは呟く。
完全にレイのシャツに顔を埋めているために、表情を見えようもないレイは黙っ
てシンの頭を撫でていた。



「――――…ありがとう、レイ」
視界に映る黒と白。
シャツを通し脇腹を濡らす温かみ。
レイは沈黙を頑なに守り、『それ』に気付かぬ振りをし続けた。





END...

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【2006.1.13 黒崎】